いかにも怪しげ夜にはもっと怪しくなる▼撮影=詳細非公開(2007年)
 沖縄のある街にある、とある商店街を抜けたところにある、あやしげな裏通り。一目見てこれは、赤線の名残だと判る横丁だ。写真が遠い? ばかもの! 近づく度胸などあるものか。
 この横丁の近所の安宿に宿泊した筆者は、宿のおばさんの勧めに従って、遅い晩飯を食いに大通りに出た。おばさんが美味いと言っていた店は、10時を過ぎていたのに客でにぎわってはいたが、殆ど立ち食い蕎麦屋に近い店だったので、結局その隣の大衆食堂に入ったのだった。
 結果的には大正解だった。ふつーの主婦にしか見えないおばさん=シェフが作ったゴーヤーチャンプルーの美味かったこと! 島豆腐の美味かったこと! オリオンビールの…よく冷えていたから美味かったこと!
 で、満腹の腹をさすりながら、帰り道にふと道路の向こうを見たときに、この通りを発見したのだった。
 デジャヴ…。
 あれは、まだ南海平野線が走っていた頃(知っている人だけわかってください)、大阪市西成区にある飛田百番で宴会が開かれた。飛田百番とは、遊郭の建物を使った居酒屋なのだが、そこに行くまでの間に目撃したのは、飛田新地の名残、昭和50年代にも実在していた赤線地帯なのだった。
 薄暗い明かりの中で、正座して客を待つ若い(と見えただけかもしれない)女。そして、建物の入り口で座っている、いわゆる「やり手婆」。何もかもが、自分が生きている時代を疑わせるに充分だった。今も存在するのだろう。春を売るのは、世界最古の商売だと言うではないか。
 その雰囲気を見たことがある者だけがわかる何か。それがこの横丁にあった。
 店の前には、「やり手婆」のおばさん。若い女性は見当たらない。勿論その時点では写真は撮れない。おばさんに凄まれるだけならよいが、奥から怖いお兄さんが出て来たのではたまったもんではない。こちとら遊びに来ているのだ。取材費も出ていないのに、命など張れるか! 出ても張らないけど。
 夜はそそくさと引き上げ、翌日の朝。昼飯用のジューシー(炊き込みご飯)のおにぎりと惣菜を買いに出たついでに、それでも怖いので、何枚かカメラを構えずに連写して、雰囲気が何とかわかるのがこの写真。
 どの街にも、こういうアングラの場所はあるのだろう。大阪駅の近くの某所や天王寺駅の近くの某所には、Hookerそのものが出没するところがある。別に買いに行ったわけではないが、堂々と営業しているのだ。アムステルダムに来たのかと思ってしまった。
 或いは、赤線宿は、自衛隊基地の近くには実在する。需要のあるところに供給はある。商売なのだから。
 パンパンガールと米兵は、今や忘れられた終戦直後の風俗だ。日本の慰安婦にいちゃもんをつけている間抜けなアメリカ人は、自分たちが日本政府を通じて慰安婦を集め、売春を強要したことなどすっかり忘れている、というか、知らん顔している。厚顔無恥もいいところだ。あ、別のブログみたいになってきた。
 米兵もこの横丁に来るのだろうか?
 来ないだろうな。恥知らずの日本の若い女が、黙っていたら群がってくるだろうからね。