スープよりもアイスがいいなぁ▼撮影=01/16/08 京橋駅(大阪市都島区)で大阪環状線の大阪方面行き内回り電車に乗ると、駅を出てすぐ進行方向右側に淀川電車区へ伸びる線路があった。未知の路線というものは大人でもわくわくするものだ。たまに帰省して貨物線経由の「はるか」に乗ると、ちょっとわくわくする、あの気持ち。この線路も子供心に、「そっちに行ったらどんな景色が見られるのか」と、思わせたものだ。
 そちら側を引き続き見ていると、今度は巨大なアイスクリームのカップが見えた。雪印乳業の工場だ。給水タンクとおぼしき巨大なアイスクリームは、大人をわくわくさせるものではなかっただろうが、子供にとっては夢のようなオブジェだった。
 ハーゲンダッツもコールドストーンもない時代、「(有名)メーカーもん」のアイスクリームは、おやつの王様だった。「あそこにはきっと、甘くて白いアイスクリームが詰まっているのだ」。幼いころはそう信じて凝視していた。まさかその雪印の工場が不祥事で閉鎖になるとは夢にも思わなかった。
 例によって前置きが長くなったが、これも同じようなオブジェである。かの有名なキャンベルスープの工場にある、やはり給水タンクと思しきものだが、実際の缶とは似ても似つかない妙なカタチだ。アメリカ人らしいいい加減さだ。これでは子供は魅了されないだろう。
 言っておくが、缶入りスープが不味いと言っている訳では決してない。
 缶入りスープを筆頭に、実はアメリカで驚くのが、手抜き食品の意外な旨さなのだ。勿論これは、C級グルメの話であって、レストランと比べてどうかとかいう話ではない。レストランに寄る気力もなく、くたくたに疲れて帰っても、冷蔵庫にあるTVディナーや食品の戸棚にあるキャンベルの具沢山のスープがあれば、少なくともその夜は十分にしのげる、という程度のものだ。少なくとも(アメリカ製の)カップラーメンなどよりは、ずっと食事と呼ぶのにふさわしいものだ。
 チキンスープなど、家でもできそうなものはまだしも、ガンボなど、ちょっと材料や香辛料をそろえるのが難しいものなど、ついつい安売りのときに買い込んでしまう。まぁ、これがディナーになるということは滅多にないが、サワードーの2かけらもあれば、だらけた休日の昼食にはぴったりだ。
 しかし、しつこいようだが、この妙なカタチの給水タンクはいかん。
 伊丹空港へ向かう阪神高速池田線から見えるチチヤスヨーグルトのそれのように、キャップの印刷までマニアックに再現しろとは言わないが、せめて缶のカタチにはしてほしかった。
 まぁ、風呂桶のようなカップで、アイスクリームを死ぬほど食べたいという妄想は起こっても、巨大ドラム缶のような缶入りスープを(しかも缶のまま)死ぬほど飲みたいとは誰も思わないだろうが。